事故物件
わたしは事故物件である。
まず、見た目が悪い。
目が小さい。鼻も小さいし口も小さい。それなのに顔が大きい。太っているから二重顎だし、首が短いし肩周りだってちょっとした屈強な男くらいのボリュームがあるから、なんだか厳つい。
唯一それなりに自慢できるFカップの下には、残念ながらそれと同じくらい、それ以上の大きさの腹があるし、太ももなんてもう、抱き枕の域である。
どうでもいいけど、太もも型の抱き枕、ヴィレッジヴァンガードに売っていそうだし、赤いリップをした黒髪ボブの女が「かわいいー!」なんて言いながら抱き締めていそうだ。
お前が抱き締める前に、ちょっと小汚いおっさんが触れていたぞ、なんていうのは絶対に教えてあげない。
それから、性格だってお世辞にもいいとは言えない。
ナルシストなくせに卑屈で、ヘタレで、根性なし。メンタル面だって絹豆腐みたいに崩れやすいし、捻くれ者で天邪鬼。おまけに嫉妬深くてすぐに怒る。
完璧に事故物件だ。
そんなわたしでも今まで誰かとお付き合いをしてきたこともあるし、ということはつまり、誰かに愛されていたことがあるということだ。蓼食う虫も好き好きと言うか、有難いことに、誰かの目には多少魅力的に映ってくれているらしい。
事故物件が誰かに愛される感覚を知ってしまうとどうなるのか。
もう、堕ちるところまで堕ちるしかない。というのが、わたしの考えである。
元々人間としての魅力がないというのに、一度誰かに愛されてしまっているものだから、その感覚が忘れられない。
だから寂しさゆえに誰かを求めるけど、こちとら事故物件だもの、だーれも住んではくれない。
ただ、住みはしないけど、この世の中には物好きがいるものだから、たまに内覧に訪れる人がいる。
「ここ、事故物件とは言われてるんですけど、でも中身はそんなに悪くないでしょう?」
「あー、そうですねえ」
「見た目はちょっとアレですけど、まあ、中身はほら、ちょっとところどころ壁紙が剥がれてたり、フローリングがギシギシ音を立てたり、あ、ここはちょっと水漏れが…」
「そう、ですねえ…」
「…次の物件、見ましょうか?」
事故物件の紹介人であるわたしは、しかも大変下手くそな営業マンである。自分からダメなところを教えて、相手の顔色を伺っているのだ。それでも悪くない、と言われたくて。言われるはずのない欠点しか並べていないというのに。さらに、押しが弱いものだから、自分から次へ行くよう促してしまうのだ。
もうお前営業マン辞めちまえ。頭の中で上司役のわたしが言う。
非常にごもっともな意見だ。
話を元に戻すと、つまり、たまに訪れるチャンスにも、臆病な性格であるから、自分から身を引いてああすればよかったと後から後悔して、ひとり枕を濡らしたり、怖いもの見たさで近づく相手にも本気になって、結局は都合がいい女となり、そうしてそんな自分に嫌気がさしたりして、またひとりで枕を濡らしたりしているのである。
何度繰り返したって、事故物件を愛してくれる人なんてそうそういるわけがないのに。
わかっているくせに、また愛されたいからやめられない。
こうやって堕ちるところまで、堕ちていく。
わたしという事故物件は、今現在、そんな人生を送っている。